これって毒親?判断に迷うときは自分の心に聞いてみよう

子どもをやたらに殴ったり蹴ったり、性的な対象にしたりする親は、まぎれもない毒親です。それは誰の目にも明らかですし、やられている子ども自身も、自分の親が酷い人だと認識しやすいです。しかし、毒親の中には一見問題のなさそうな人も多くいて、そういうケースでは、子ども自身が自分の親に関して混乱することがあります。

普段は子どもに優しく接することができる人でも、疲れたり忙しかったりすると必要以上に子どもにきつく当たってしまうというのは、誰にでもあることです。しかし毒親と呼ばれる人は、それが度を越えてしまいます。子どもを叱るとき、子どもの行動の悪かったところだけを叱るのは問題のない叱り方です。しかし、子どもの人格を貶めるような言葉や態度にまで及んでしまうと、これは毒親と言わざるを得ないでしょう。

そもそも、子どもが何も叱られるようなことをしていなくても、普段から子どもの傷つくことを言っているのも、もちろん毒親です。「あんたは父親に似てブスだね~」「何をやらせてもダメだね」「産まなきゃよかった」などは、典型的な毒親ワードです。

一見、愛情深い母親にありがちな毒パターンとして、過干渉というものがあります。子どもの数が減って、一人っ子が多くなり、特に母と娘との関係においてこの過干渉母が増えています。子どもの交友関係や恋愛関係に口を出し、子どもがいない時に部屋に入って日記や手紙を盗み読みし、大人になった娘の結婚を阻んだり、結婚してからもさりげなく配偶者の悪口を言って離婚をすすめたりします。娘の側も「お母さんは私のことを思って言ってくれている」と思い込まされていることも多く、知らず知らずのうちに人生を支配されてしまいます。

どうせ産むなら女の子がいい!女の子なら味方になってくれるし、ずっと一緒にいてくれるし、介護も任せられるからと考えている女性は、このパターンの毒親予備軍かもしれません。誰の味方をするかも、親の介護をするかどうかも、すべて子ども自身が決めることです。

毒親の中には宗教にのめり込んでいる人が案外多いです。宗教活動に熱心なあまり子どもに目がいかず、寂しい思いをさせることになりがちです。宗教の自由は誰にでも認められている権利ですが、自分が信じているものを子どもにも押し付け、子どもの意思に反して一緒に宗教活動をさせて子どもの自由な生活を侵害するようになれば、これは毒親ということになってしまいます。

毒親は外面がとても良いというのも、割とよくある特徴です。激しい暴力を受けている以外の、比較的分かりにくい毒親に育てられている場合、ご飯は普通に作ってもらえるし、殴られているわけでもないし、楽しい思い出さえあるし、何より周りの人からは「良いご両親だね」とか言われるし、うちの親は普通なのだろうと思っている人もいるでしょう。でも、時々とても傷つくことを言われるし、親の顔を見ると怒りがこみ上げることもあるし…と混乱してしまいがちです。

このように混乱したままだと、親に人生を操られたままになってしまいやすいので、自分の親が毒親なんだと気づくことはとても重要です。自分の親が毒親なのかどうかよく分からない人は、自分の心の声によく耳を傾けてみてください。

親から言われた言葉で、思い出すだけで胸が痛くなったり、涙が出そうになるようなものはありませんか?普段から親に自分の気持ちをためらいなく話すことは難しいですか?親を喜ばせるために、やりたいことを我慢し続けていませんか?これらの問いにイエスと答えた人は、毒親に育てられた可能性があります。

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